はじめました
機械学習、主にDeep Learning関連について書いていきます。
たまに小咄や、日常の出来事なども書いていく予定です。
これだけだとさすがに味気ないので、さっそく小咄をひとつ。
「コリーちゃんがいる」
まずはじめに言っておくのが、これからお話することはすべて本当にあったことであるということです。僕の人生において、一番恐怖を感じた体験と聞かれれば間違いなくこれであると断言します。
中学生の職場体験というのは今もあるのでしょうか? 僕の中学では、3日ほど地元の職場で働くというイベントがありました。
そのイベントは、ある程度希望したところに行けるというシステムで、僕は子供が好きだったので幼稚園を希望しました。
子供というのは凄い人達で、僕がどう振る舞おうか考えているうちにあっという間に仲良くなってしまいました。
驚いたことは他にもあります。給食の量の少なさと、子どもたちの食べる遅さにも相当びっくりしました。おにぎり一個に20分かけて食べる感じです。僕も給食を貰ったんですが、あんまり暇だったので給食を二人分食べてしまいました。
問題はここからです。園庭で遊ぶ時間になった時、僕は鬼ごっこで最初の鬼になりました。追いかけると子供が蜘蛛の子を散らしたように逃げます。地形を良く知ったすばしっこい子どもたちを捕まえるのは至難の業で、一人も捕まえられずに5分ほど経ちました。
砂場の真ん中で、僕に背を向けてピクリとも動かない園児がいたのです。
これはチャンスだと思い、そっと忍び寄ってその子にタッチしました。
驚く子供の顔が見たかったのですが、反応がありません。よく見ると、両手で目を塞いでいました。泣いているというわけでもなく、ただ目を塞いでいたのです。
「どうしたの?」
そう優しく聞くと、
「コリーちゃんがいるよ」
というのです。
「コリーちゃんって何?」
「コリーちゃんだよ」
意味不明です。
ダメだこりゃ。他の子をタッチしよう。そう思い、周囲を見渡すと、園庭にいた園児が全員目を塞いでいたのです。
異常な光景でした。あれだけ騒がしかった園庭がウソのように静まり返り、示し合わせたかのように皆、一つの方向を向いて目を塞いでいるというのは。
あまりの驚きにその場を動けなかった僕なのでしたが、先生が、
「コリーちゃんはもう行ったよ!」
と大声で言いました。
すると、「コリーちゃん行っちゃった?」「ほんとだ、コリーちゃんもういないよ」とパラパラと聞こえ、また元のように騒がしい園庭に戻りました。
「なんだかよくわからないんだけど、一日に一回か二回あるんだよ。『コリーちゃんはもう行った』と誰かが言わないと、ずっとあのままなんだ」と、先生。
妙な遊びがあるもんだと感心して、その時はそれで終わりました。
翌日。同じことが起きました。
「コリーちゃんが来たよ」
「コリーちゃん、今日は二人だよ」
「違うよ、三人いるよ」
「いっぱいいるよ」
今日はそういう遊びか。僕も乗ってみることにしました。
「本当だ、いっぱいいるね」
「お兄ちゃん、大人なのにわかるの?」
目を塞いだまま子供が聞いてきました。
「もちろん。ばっち見えてるよ」
そう言った瞬間、園庭が一気にざわつきました。
「お兄ちゃんがコリーちゃん見ちゃった」
口々にそう言っていました。
なにかまずいことをしたらしい。そう感じ取った僕は
「うそうそ、見てないよ」
ととっさにごまかしたのですが、もう駄目でした。
「コリーちゃんはもう行ったよ」
子供の誰かが言いました。そして目を塞いでいた手をどけた子どもたちは一斉に僕を見てきたのです。ただ見るだけではなく、残念なものを見るような目で。僕はありえないほどの恐怖を感じました。
そして、子どもたちは僕に一切かまってくれなくなったのです。
あれだけ人気者だった僕は、一瞬で孤立しました。
もちろん先生に報告しました。どうも子どもたちの例の遊びのルールを破って、嫌われてしまったみたいです、と。
すると先生は、「大丈夫。僕も経験あるけど、明日には元通りだよ」と。
じゃあ、今日は我慢するしか無いのか。僕は園庭を離れ、教室の端っこで座りました。
「僕、コリーちゃん信じてないよ」
そう言ったのは、いつの間にか隣にいた男の子でした。
「ねえ、コリーちゃんって何なの?」
「わかんない。けど、見ちゃだめなんだって」
「見たらどうなるの?」
「死ぬ」
その子の目は真剣でした。たかが子供の言うこと。なのに僕はどうしようもないくらいに恐怖を感じました。本当に死ぬかもしれない。そう思ってしまうほどに。
僕が何も言えないでいると、男の子は飽きちゃったのか、どこかへ行ってしまいました。
コリーちゃんという謎の存在。見たら死ぬ。そんな強烈な設定を、誰が考えたのだろう。いつからあるものなんだろう。いろんな疑問が頭に浮かびました。気持ちが落ち着いた頃に、僕は先生に聞きに行くことにしました。
「先生、コリーちゃんって、いつからあるんですか?」
「うーん、僕が来た時にはすでにあったなあ。もう6年も前の話だけど」
そんなに昔からあるなんて。こうなると、設定を考えた子もすでに卒園してしまっています。
「気にしないほうが良いよ。慣れれば大したことないし」
そうですね。と、振り返って園庭に向かおうとした時、
「あんまり詮索しないほうが良い。コリーちゃんは探られるのが嫌いだから」
先生が言いました。え、と思って先生を見ると、普通の顔をしています。冗談を言ったようではありません。むしろ、不自然なくらいに無表情でした。
「コリーちゃんはもう行ったよ」
園庭の子供の誰かの声が聞こえました。
今まさに、コリーちゃんは来ていた。
「そういうことだからね」
先生はにこりと僕に笑いかけて来ました。
さっきの無表情が無かったかのように。
僕が帰る頃には、強めの雨が降っていました。
職場体験というのは普段体験できないことを経験し、学ぶ場です。しかし、これほどまでに奇妙な体験をしているのは僕だけだろうと思いました。
そもそも幼稚園を選んだのは、子供が好きだからという理由を最初に挙げましたが、実はもう一つ理由がありました。
雨の降る日に、公園で泣いていた僕に、若い女の人が声をかけてくれたことがありました。ちょうど、職場体験からの帰り道に降っていた雨のような日です。僕はそのときの優しさに憧れていたのです。だから、子供には優しくというのが僕のポリシーであり、優しくすることで喜びを感じるようになったのです。
僕は、そのお姉さんに声をかけてもらったときのことを思い出していました。
そして、ひとつ疑問に思いました。あの日、何故僕は泣いていたのか。
それを考えた時、答えは案外とすぐに出ました。
『コリーちゃんがいるよ!』
その時に思い浮かんだ映像です。僕はコリーちゃんが怖かった。だから泣いていたんです。
コリーちゃんは僕が幼稚園児のころからありました。それをずっと忘れていたんです。そして、何を隠そう、コリーちゃんを考えついたのは僕なのです。ただし、そのときとは設定が大分ちがいました。
コリーちゃんは外国人の女の子です。とてもきれいな髪をした小さな女の子で、名前は僕が適当につけたものです。近所のスーパーマーケットに行った時に見かけた女の子に勝手に名前をつけて、「コリーちゃんを見た」と僕が言ったんです。
金色の髪の女の子なんて居るはずがないと、そんなのは嘘だと決めつけられました。すごく悔しくなりました。悔し紛れに、「コリーちゃんがいるよ!」と大声で叫んだんです。とっさについた嘘に、「見たら死ぬ」という設定を付け加えました。
あのときのコリーちゃんが、まだ残っているなんて驚きです。そういえば、子供というのはどこから教わったのか、鬼ごっこ、氷鬼、ドロケイなどの遊びを知っています。それというのは実は、世代から世代へと受け継がれていくのでしょう。
それにしても、設定を考えた自分が、「コリーちゃんを一度見たから死んじゃう」なんて思い込みをしていたなんておかしな話ではあります。しかし幼稚園児なら、自分で吐いた嘘を本当だと思い込むということも珍しくありません。
家につく頃には、僕はもう全く怖さを感じなくなっていました。
翌日、職場体験の最終日。
子どもたちも初日のように仲良く振る舞ってくれたし、またコリーちゃんは来たけど、もう僕は何もしなかったので何も問題は起きませんでした。謎が解けた今、わざわざ遊びを乱すようなことはするべきではないと思ったからです。
そして何事も無くその日は終わり、とうとう子供たちともお別れのときがやってきました。
泣いている子供も居ました。つられて僕も泣きそうになりました。
幼稚園の玄関から出る時、僕は先生に、コリーちゃんの正体を教えました。「コリーちゃんは実は、僕が作った遊びだったんです。昨日、ようやく思い出しました」
すると先生は、「へえ、そうなのか」と、案外そっけなく返事をしましたが、何かを考え込んでいる様子でした。それはあまり気に留めず、僕は園児の皆に見送られながら学校に向けて歩き始めました。
さよーならーー。と大きい声が聞こえます。僕も振り返って手を振り返しました。すると、泣きそうな顔で一人の女の子が走り寄って来ました。
「お兄ちゃん、死なないで」
言うやいなや、その子は泣き出しました。これは困ったぞと思い、僕はその子に真実を教えることにしました。
「お兄ちゃんは死なないよ。だって、コリーちゃんなんて本当は居ないんだ。コリーちゃんっていうのは僕がついた嘘なんだよ」
そう言うと、その子は
「違うよ。だって、私がコリーちゃんだもん」
はっとしてその子の顔を見ると、不気味な笑みを浮かべて充血した目を僕に向けたまま、右手に持っていた黒い何かを振りかざして僕の顔面を
というところで目が覚めました。
今までの話はすべて、本当に僕が見た夢の話です。
おしまい。